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【劇場版「鬼滅の刃」無限城編 第一章】――クリシェをなめるな

G.Mario 2026. 6. 8. 03:38

※本記事の性質上、作品のネタバレが含まれています。ネタバレを避けたい方はご注意ください。

 

https://youtu.be/ZfIXXgqxVn8

 

 まずは数字から押さえておきたいところですよね。日本で【劇場版「鬼滅の刃」無限城編 第一章】(※以下、【鬼滅 無限城】)は、7月18日の公開以降、恐ろしい勢いで走り抜けました。公開45日時点で、観客動員数2,110万人、興行収入は約299.9億円。この数字なら、日本歴代興行収入ランキング3位にまで一気に駆け上がったスピードです。韓国も負けていません。8月22日の公開以降、ボックスオフィスの首位に立ち、9月初旬時点では累計観客数約375万〜378万人台を見据える流れとなっています。夏の映画館を実質的に蘇らせた作品と言っても過言ではないでしょう。つまり、今この映画は、コンテンツの力と劇場体験の魅力を同時に証明しているのです。

 

今回の劇場版の真の主人公……?

 

【鬼滅 無限城】の人気の秘訣は、何と言ってもアニメーションそのものです。ufotable特有のとんでもない完成度、パーティクルの残光からカメラワーク、カットとカットをつなぐスピード感まで……正直、技術面に関しては何一つ批判できません。それ以外の演出にも力を入れている部分が見えて、4D上映では水の呼吸の技が出るたびに本当に水が飛び出してきて、映画を観ている間ずっとウォーターボムショーを強制的に浴びせられた、なんて話もあるみたいですね。だからでしょうか、観客は目の前のアクションを、単なる絵ではなく、まるで物理法則に従っている実際の動きのように感じます。そのため無意識のうちに没入し、スクリーン上の恍惚感を最大限に味わって劇場を出ることになる。これこそが、ブロックバスター・アニメーション・エンターテインメントの力です。

 

???:水の呼吸は製作費を増やすんだよ!!

 興味深いのは、ここまで技術が凄まじく高まった作品が、むしろ「クリシェ」に近い物語の骨格を採用している点です。善と悪の一直線の衝突、師弟・兄弟子関係にある愛憎、そして「悪の誕生」に敷かれた悲劇的な事情まで。一見すると、中国武侠の物語で好んで使われてきた義と怨、武と侠の配置にも似ています。特に善逸パートのストーリーラインは、かなり【キル・ビル Vol.2】のモチーフに近いものがあります。主人公「ベアトリクス・キドー」と同じ殺し屋メンバーである「エル・ドライバー」が、武林の達人である師匠「パイ・メイ」のもとで学びます。【鬼滅 無限城】とは違って一緒に学ぶわけではありませんが、まずベアトリクス・キドーが学び、その次にエル・ドライバーが学ぶんですね。そこでベアトリクス・キドーは見事に師匠の修行に耐え抜き、師匠の唯一の武術の継承者となります。しかしエル・ドライバーはその師匠を自ら殺し、後にベアトリクス・キドーが個人的な復讐とともに、師匠の仇討ちをエル・ドライバーを倒すことで果たします。【鬼滅 無限城】でも、善逸は兄弟子である「獪岳」と対決します。獪岳の裏切りによって師匠は自決せざるを得なくなり、善逸はその師匠の仇討ちを見事に成功させるわけです。もちろん作品のディテールや解釈のポイントは異なりますが、感情構造の軌跡はどこか見慣れたものです。まさにこの馴染み深さ、これこそがクリシェなのです。

 

だからか?なぜか獪岳戦限定に『中国伝統楽器』が含まれたOSTが流れたのもその武狭らしさをアップする感じです。

 

 ここで重要なのは、「分かっていても観てしまう力」です。クリシェの支えとなるのは予測可能性であり、予測可能性は情報処理の負担を減らしてくれます。観客は物語の結び目を計算するためにエネルギーを消耗しなくて済みます。そのエネルギーを、場面の密度、リズム、感情の曲線にそのまま振り分けることができるんですね。結局、超高密度な技術――たとえば演出、ミザンセーヌ、サウンドなどがきちんと機能するためには、観客の認知リソースを節約してくれる「物語のレール」が必要です。【鬼滅 無限城】は、まさにそのレールをクリシェによって敷いています。そのおかげで、華やかさが作為的に感じられることなく、「自然に高まっていく体験」として吸収されていくのです。これが「没入」における、ひとつの王道的な正解だと思います。

 

韓国ではなぜか「ぼっち・ざ・ろっく!」と連携ミーム(meme)になっている場面

 

 代表例として、ピクサーの【リメンバー・ミー】を思い出してみましょう。ストーリーの骨格は、驚くほど予想しやすい家族・記憶・和解の図式です。ところが、色彩設計――メキシコの伝統を生かしたような色面感覚――と音楽の動機反復、フレーミングが精密に噛み合うことで、クリシェが「感情のレール」として機能します。だから最後の「リメンバー・ミー」で、ただただ無抵抗に泣かされてしまうわけです。それだけではありません。【トップガン マーヴェリック】も同じです。ジャンルの文法は教科書的ですが、実際に戦闘機に乗っているかのような演出、実写飛行撮影から来る加速度の感覚、音響設計が生み出す身体反応が合わさると、観客は「ストーリーによって没入を妨げられない限り、ものすごいエンターテインメント」を体験することになります。私たちが遊園地でアトラクションに乗るときにどんな感覚になるのか。いつも決まった乗り物のパターンやコースを知っていながらも、そのスリルを味わえるわけです。むしろ、恐ろしい想像ではありますが、レール通りに進んでいたジェットコースターが「脱線(!)」したと仮定してみましょう。そうなると、没入どころではなく、ジェットコースターから無事に脱出したくなるのと似ています。 つまり、レールの上で安全にスリルを与えてくれる装置としても、クリシェは決して軽視されてはいけない手法なのだと思います。

 

おばあちゃあああん... ( ;∀;)

 

 近年のマーベル・シネマティック・ユニバースが見せているあまり良くない例は、まさにこの部分にあります。クリシェをひねること自体が目的になってしまった結果、アイロニーやメタ的なジョークが積み重なり、ある瞬間、観客は「今この場面、本気で没入してもいいのかな?」という疑問を抱いてしまいます。どれほど高額なCGを注ぎ込んでも、レールが変な方向へ勝手に進んでしまえば、エンタメ性は消え、没入は崩れてしまいます。一方で【鬼滅 無限城】は、演出と技術を最大限に機能させるために、クリシェをきちんと活用しました。だからこそ、より強烈に響いたのだと思います。

 

本当にPC主義が極みに達していたハリウッドはまさに『ムザン』が如く...

 

【鬼滅 無限城】を観て、改めて確認できたことは明らかです。クリシェとは怠慢の結果ではなく、演出を支える最も堅固なレールである、という事実です。よく使われたクリシェは、観客が物語から離れてしまわないよう守ってくれます。そして創作者は、その上で技術と演出を最後まで押し切ることができます。今回の作品は、その良い事例として記録されるに値するでしょう。これからも、どこまでが慣習で、どこからが惰性なのか。その境界で、何が観客を最後まで没入させるのか、引き続き探求していきたいと思います。