※本ポスティングの性質上、作品のネタバレが含まれています。ネタバレを望まない方はご注意ください。
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世界中の人たちが、作品そのものを観たことがなくても、そのIPや概念自体はみんな知っているはずです。そう、[スーパーマン]ですね! 大衆文化における「ヒーロー」という概念を具体化した、まさに父のようなIPであるこのスーパーマンが、今回ジェームズ・ガン監督のメガホンによって再び帰ってきました。タイトルもシンプルに[スーパーマン]として、です。今回のポスティングでは、これまでのスーパーマン作品、あるいは作中主人公である「スーパーマン」との混同を減らすために、2025年公開のDCコミックス新作映画版スーパーマンのことを[ガンパーマン]と呼ぶことにします。

「スーパーマン」は、ヒーローの中でもかなり「シンプル・イズ・ベスト」の法則を持っている存在です。現代の大衆文化におけるヒーロー概念の出発点に位置している存在でもありますが、その能力は本当に単純に「強い」で表現できてしまう気がします。超強力な突風を起こす息、目から放つレーザー、驚異的な回復力など、いろいろなスキルは持っているんですが、スーパーマンって、そういうスキルを使って知能的に戦うというより、とにかく単純に強い、というイメージが長い年月をかけて定着してきました。たぶん過去のフランチャイズなどで、スーパーマン固有の弱点である「クリプトナイト」という鉱物さえなければ、地球の自転を逆回転させて時間を巻き戻したり、車やビルなんかをあまりにも簡単に吹っ飛ばしてしまうような演出が、一役買っていたんじゃないかと思います。

そして、毎回続いてきたスーパーマンのフランチャイズには、必ず守られてきたルールがあります。なんとスーパーマンは、「宇宙人」、つまりクリプトン人としての「カル=エル」なのか、地球人としての「クラーク・ケント」なのか、というテーマを常に投げかけてくるんです。厳密に言えば、故郷を失い、数え切れないほどの光年の彼方から地球という惑星へやって来た「移民」に他なりません。でも、クリプトン星に関する記憶はなく、地球での思い出こそがすべてである彼にとって、その姿は現代の移民社会を映し出す示唆にもなっているんですよね。
しかも、これまでのアルファ男性っぽいイメージよりも、“ナードっぽさ”を強調していたのも面白かったです。

ここで[ガンパーマン]は、ちょっと変わっていて、歴代フランチャイズがそこまで大きくは集中してこなかった「地球で生きるカル=エル」について、かなり多くのランタイムを割いてきます。これまでは「地球人クラーク・ケント」、あるいは「クリプトン人カル=エル」に対する描写は多かったんですが、地球で生きる異星の移民「カル=エル」のアイデンティティにまで踏み込んでくるのが、すごく新鮮でした。そして、その演出は露骨なくらい冒頭から出てきます。なんと、いきなり「敗北するスーパーマン」という衝撃的なシーンから始まるんですよね。そのうえで、これまでのフランチャイズでは「クラーク・ケント」が自分の正体を知り、たどり着く南極の秘密基地まで、ろくな説明もなくいきなり見せてきます。そうしながら、作中の「ボリビア」内戦に悪戦苦闘する、地球の「カル=エル」としての感覚をこれでもかというほど押し出してきます。

そしてすぐに、スーパーマン・フランチャイズ永遠のアーチエネミー、「レックス・ルーサー」一味との戦いが始まります。でも、さっき私が上で何て言いましたっけ? スーパーマンは「シンプルに強い」と言ったじゃないですか。ところが、この[ガンパーマン]のスーパーマンは、むしろ「シンプルに弱い」と定義できてしまいそうなんです。アイアンマンみたいな特殊スーツを着た、作中では「ウルトラマン」と呼ばれる悪役が、レックス・ルーサーの命令に従いながら、あまりにも簡単にスーパーマンを倒してしまうんですよ。しかもスーパーマン、開始早々2敗を積み上げてしまいます。

歴代の公式スーパーマン映画フランチャイズの中で、ここまで遠慮なく(?)スーパーマンを扱ったように見える作品は、本当に初めて見た気がします。普通なら、スーパーマンの強さをしっかりアピールしたうえで、ヴィランがその強さの穴を突いたり、逆説的な構図を使って試練を与える、という見せ方が多かったじゃないですか。でも本作は、本当にシンプルにスーパーマンが戦いで負けて、弱い姿まで見せてきます。そのあまりの新鮮さに驚いたのと同時に、まだ上映時間がたっぷり残っているのに、こっちが心配になってしまいました。 「え、スーパーマン、こいつらにどうやって勝つの?」って。

それだけではありませんでした。巨大怪獣が現れた時も、その足に踏まれてしまって、まともに持ち上げることすらできない。力の限界がかなりはっきり見えていましたし、後半で崩れ落ちるビルを支える場面でも、ある程度までは踏ん張るものの、最後は苦しそうに地面へ下ろすシーンが出てきます。いやいや、この実力で地球の自転を逆回転させられるの!? と思ってしまうんですが、[ガンパーマン]はそこも見越したように面白いキャラクターたちを登場させます。そう、「ジャスティス・ギャング」の3人組ですね。この人たちもスーパーマンほどではないにせよ超人で、それぞれの個性がかなり立っています。シンプルに強いスーパーマンとも対照的なんですよね。しかも、直前のフランチャイズである[ジャスティス・リーグ]では、使い方を間違えれば災厄そのもの、ほとんど核兵器のように描かれていたスーパーマンと仲間たちとは違って、[ガンパーマン]では、超人たち全員が力を合わせれば、スーパーマン相手でも何とか渡り合えそうな感覚を持たせるように設計されていました。

もともとジェームズ・ガン監督は、以前の[ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー]シリーズから[ザ・スーサイド・スクワッド]に至るまで、個々はそこまで圧倒的に強いわけではなくても、個性の強いメンバーたちがチームとしてまとまれば、どんな強大な敵や試練も乗り越えられる、という演出をとてもセンスよく描くことで定評がありました。その匂いが、今回の[ガンパーマン]でもかなりしっかり出ていました。作中では、ノーラン監督の[ダークナイト]を思わせる二者択一のジレンマを突きつけて、スーパーマンに「どちらか一方を犠牲にしなければならない」という試練を与えます。[ダークナイト]のバットマンが歯を食いしばりながら、結果的に恋人を犠牲にしてしまうのとは対照的に、[ガンパーマン]のスーパーマンは堂々とセリフで言うんです。
「仲間を呼んだんだ!」
そして見事に、二兎を追って二兎を得る姿を見せてくれます。

ヴィランもとても魅力的です。才能と財力の両方を持つレックス・ルーサーは、現代社会でずっと問題視されている「扇動」や「フェイクニュース」などを通して、スーパーマンを攻撃する描写が出てきます。単純にウルトラマンを上手く使ってスーパーマンを攻略するだけではなく、「地球人クラーク・ケント」を否定することで、スーパーマンのモチベーションを奪っていくんです。そんな中で彼自身も、「クリプトン人カル=エル」を否定したいと思っていても、実の両親からのメッセージや自身の能力を前にすると、否定したくてもできないという自己矛盾に陥ります。しかし、自分を育ててくれた地球の両親と語り合うことで、地球人としてのスーパーマン、クリプトン人としてのスーパーマン、その両方を受け入れるようになります。そして文字通り、「地球人カル=エル」とでも言うべき決断を下し、仲間たちに助けを求め、問題を解決していきます。最後には、レックス・ルーサーを捕まえてこう叫ぶんですよ。
「俺は地球人だ!」

このように、ジェームズ・ガン監督は、自分らしい色をしっかり出しながら、これまでのスーパーマン・フランチャイズをとても新鮮に、それでいて説得力を持って描き直していたのが非常に興味深かったですし、この先に続く物語もかなり楽しみになりました。もちろん、そのぶんスーパーマンのワンマンショーとして感じられるスペクタクルは、少し薄くなりそうなのが惜しい部分ではあります。それでも、もはや何もかも一人でやってしまうスーパーマンではなく、彼自身も面白い個性を持ち、いろいろな仲間たちとどんな楽しいシナジーを見せてくれるのか、という期待を持たせてくれるのは、その短所を補って余りある魅力にも見えました。
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