-
『ゾーン・オブ・インタレスト』– 適応というもの日本語訳/映画コンテンツ 2025. 3. 20. 23:31
*本ポストの特性上、作品のネタバレが含まれています。ネタバレを望まない方はご注意ください。
https://www.youtube.com/watch?v=GFNtVaAuVYY
よく「人間は適応の動物だ」と言われます。この言葉は、他の動物や生物とは異なり、人間は環境が変化してもそれに適応しながら生存能力を極限まで高める進化論的な戦略を選択してきたことを説明する際によく使われます。だからこそ、野生のライオンは北極にはおらず、野生のペンギンは熱帯地方にはいませんが、人間は地球のあらゆる場所に居住地を作り、生活を営んでいます。もちろん、裸一貫で生きるのではなく、さまざまな道具を活用し、その地域に適応できる環境を構築することで実現しているのです。
今回、カンヌ映画祭からアカデミー賞まで、世界中の名だたる映画賞で数々の賞を受賞した作品であり、韓国で著名な映画評論家でありながら、決して簡単に高評価を与えないことで有名なパク・ピョンシク氏やイ・ドンジン氏から満点、あるいは満点に近い評価を受けた映画『ゾーン・オブ・インタレスト』は、「人間は適応の動物である」という言葉を、まさに恐怖そのものとして表現しました。
この作品は、いや、そもそも映画と呼んでよいのかすら疑問が生じるほどです。実際の事件、実在した人物、当時の背景を忠実に再現し、ドキュメンタリーの再現映像といっても過言ではないほどのリアルな内容が描かれています。細かいセリフや行動の一部は監督や制作陣の想像に基づいている部分もあるでしょうが、もっとわかりやすく言うと、MBC放送局の日曜午前を代表する番組『神秘的なTVサプライズ』の再現VTRに近い感覚です。ただし、そこに監督の独特な芸術性が加えられています。突如として真っ暗な画面だけが続いたり、洗濯物がカメラフレームを分割し、その分かれた空間内で動く人々の動線や、それが示唆する象徴性、さらには映画の大半でBGMが流れず、突然流れるときは不気味なOSTが響く演出。そして、ジョン・ケージのアヴァンギャルドな楽曲『4'33"』のような無音のBGM…。まさに「ドキュメンタリーを映画のように演出した」という表現がぴったりの作品です。
https://www.youtube.com/watch?v=JTEFKFiXSx4&ab_channel=JoelHochberg
当然ながら、この映画は商業映画ではありません。そのため、評論家たちが絶賛したからといって恋人や友人と気軽な気持ちで観に行くと、間違いなく驚愕することでしょう。このような体験は『パンズ・ラビリンス』や『ミスト』を観たときの衝撃と似ていますが、それを超えるほどの衝撃を受ける可能性が高い作品です。映画の展開は非常に静かで淡々と進みますが、ハイドンの『驚愕交響曲』のように、唐突に投げ込まれるシークエンスの数々。そして、当時の歴史を事前に知っているとより一層鳥肌が立つようなセリフの選び方と語彙の配置。そして決定的なのが、ドキュメンタリーのように、我々が日常的に何気なく目にする施設やオブジェクト、カメラの構図などが持つ痛烈な「暗喩」。こうした要素に注目すれば、お金を払って観る価値が十分にある映画でしょう。もちろん、こうした分析をしながら観るのが苦手な方もいるでしょうし、私もそのような観客の好みを尊重しますので、映画鑑賞後は評論家や専門のレビューYouTuberの解説を一緒に見ることをお勧めします。もちろん、このポストも含めて、ですが。
https://www.youtube.com/watch?v=qG5Z9LzbQpQ&ab_channel=an11212003
映画では、壁の向こう側から銃声、悲鳴、怒号がひっきりなしに聞こえてきます。しかし、その壁の内側では、主人公であるアウシュビッツの所長ルドルフと彼の家族が暮らす「天国」のような空間が広がっており、彼らの穏やかな会話や赤ん坊の泣き声が響き渡ります。物語の序盤では、壁の外で何が起ころうと、ルドルフの家族や招待客たちは何も気にしません。ルドルフの息子たちは戦争ごっこや兵隊の人形遊びに夢中になり、娘たちは毎晩、父が読んでくれる『ヘンゼルとグレーテル』の物語を聞きながら眠りにつきます。ルドルフ自身も動物を深く愛し、妻や子供たちに献身的で、一度も怒ることのない優しい父親として描かれています。さらには、庭に咲くライラックを兵士たちが勝手に摘まないよう指示を出すほど、「生命を大切にする」一面を見せます。
しかし、このルドルフが家の塀を一歩越えた瞬間、彼は数十万人の虐殺を指揮する絶対的な権力者へと変貌します。アウシュビッツに収容される人々の命は、彼にとって「業務」の一環でしかないのです。
この映画は、ポン・ジュノ監督の『パラサイト 半地下の家族』のように、ストーリーの流れや雰囲気が突然変わるポイントがあります。『パラサイト』では、パク社長一家の家政婦「クク・ムングァン」が主人公キム一家によって追い出され、嵐の夜に再びインターホンを押した瞬間がその転換点でした。一方、『ゾーン・オブ・インタレスト』では、ルドルフが「転勤を命じられる」電話を受けたとき、映画の雰囲気が急変します。
ルドルフの妻は、元々ただの平地だったアウシュビッツの隣の土地を「エデンの園」(実際にアウシュビッツはドイツの東側、つまりポーランドに位置しており、アダムとイヴがエデンから追放され東へは行けなかったこと、またカインがアベルを殺した後にエデンの東へ追放されたことなどと重ねる比喩とも取れます)として作り上げました。彼女は、美しい花々や農作物を育て、甘い蜂蜜を採るための巣箱を設置し、清潔な水が流れるプールや室内庭園まで整えました。しかし、夫が「昇進して」転勤することになったにも関わらず、彼女は絶対にこの地を離れようとはせず、「行くならルドルフ一人で行け」と、まるで「単身赴任しろ」とでも言うかのような態度を取ります。
この楽園のような庭の塀を一歩越えれば、どのような大虐殺が繰り広げられているかを彼女が知らないはずがありません。それでも、彼女は何事もなかったかのように日常を送り、最終的にルドルフは一人で転勤地へ向かうことになります。
数ヶ月後、ルドルフはハンガリーから大量のユダヤ人をアウシュビッツへ移送する作戦に関与し、その成果が評価されて再びアウシュビッツの責任者に任命されます。彼はそれを誇らしげに妻に報告し、パーティーの会場でふと「この場にいる全員をガスで処理するならどうすればいいか?」と考え始めるのです。しかし、彼はこの思考に何の罪悪感も抱かず、それよりも「家族が作った楽園に戻れる」という喜びに満ちています。
この映画の中で、唯一「適応」できなかったキャラクターがいます。それは、ルドルフの義母であるリナです。彼女は、娘夫婦の暮らしぶりを見るため、そしてルドルフが開いたパーティーに出席するために訪れます。
アウシュビッツでは、絶えず燃え続ける煙突から炎と黒煙が立ち上り、悲鳴、銃声、怒号、そして軍用犬の鳴き声がまるで夏の蝉の鳴き声のように途切れることなく響き渡っています。リナは娘に「塀の外のこと」について尋ねますが、娘は「塀が見えないようにブドウの木を植えたのよ」と答えたり、「みんなが私をアウシュビッツの女王と呼んでるの!」と冗談を言ったりします。しかし、リナは娘の話に適応できず、言葉の端々に違和感を覚えた表情を見せます。
リナは映画の中で常に咳をしており、最終的には何も言わずに手紙一通だけを残し、静かに去ってしまいます。その手紙の内容は、映画が終わるまで一切明かされません。
しかし、この映画は決してアウシュビッツの収容者がどのように虐待され、虐殺されるのかを直接映しません。1シーンも、1フレームすらも。それらはすべて、音とセリフだけで示唆されます。
ただし、映画の中で唯一、暗喩として描かれるシーンがあります。それは、ルドルフがガス室の話をした直後のシーンです。雪が積もる庭で、彼の二人の息子が無邪気に遊んでいます。兄が幼い弟を抱え上げ、庭にある温室に閉じ込め、外から鍵をかけてケラケラと笑います。弟は兄に向かって「この裏切り者!」と怒りながら、ドアを叩いて必死に開けてくれるよう懇願します。しかし、この温室は、映画の中盤でルドルフ夫妻が庭仕事の合間にタバコを吸っていた場所だったのです。この時点で、この兄弟のシーンが何を意味するのか、おそらく皆さんには察しがついたことでしょう。
このように、『ゾーン・オブ・インタレスト』は、数々の暗喩を通じて「適応の恐ろしさ」、そして「当たり前ではないことが当たり前になってしまうことの恐怖」を鋭く描き出します。
カメラワークはトラッキングショット(俳優を追いかける撮影技法)を極力排除し、固定カメラでキャラクターたちが自然に動く様子を捉えています。また、美しい花々や風景を映しながら、その背後で「まるで赤ん坊の泣き声のように」表現された苦痛と恐怖の叫びが聞こえることで、徹底したコントラストを生み出しています。
オタク的な視点で見るならば、庵野秀明監督の**『新世紀エヴァンゲリオン』における演出手法が思い出されるかもしれません。例えば、渚カヲルが最後に処刑されるシーンでベートーヴェンの交響曲第9番「歓喜の歌」が流れる演出や、旧劇場版『THE END OF EVANGELION』で奇妙なスケッチ画が次々と映し出されながら、「甘き死よ来たれ」が流れる演出**、新劇場版『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』でアスカの食事シーンに流れる日本の童謡風のBGMなどが、本作の手法と非常に似ています。
https://www.youtube.com/watch?v=kbN-dubqANU&ab_channel=Demoshi
気づけば、映画を観ている観客すらも、背景音に**「適応」してしまいます。もちろん、それに気づかない人もいるでしょう。しかし、監督と制作陣は「適応するな」と言わんばかりに、途中で唐突に画面を切り替えたり**、現在のアウシュビッツの管理人が掃除するシーンを挿入したりします。そして極めつけは、エンドクレジットの凄まじい絶叫音です。
それはまるで、「私たちは決して、ルドルフ一家のように、当たり前ではないことを当たり前に思い込んではならない」という警告のようにも感じられました。
『ゾーン・オブ・インタレスト』は、重たいテーマでありながら、非常に強い印象を残す作品でした。まるで『君たちはどう生きるか』のように、知れば知るほど新たな発見があり、何度も考えさせられる映画でした。
'日本語訳 > 映画コンテンツ' 카테고리의 다른 글
「犯罪都市4」-ヴィランのキーワード- (0) 2025.02.27 劇場版『ブルーロック -EPISODE NAGI-』-キャラ関係図のクリシェ破壊 (0) 2025.02.12 「ゴジラ-1.0」 - このゴジラはなぜ昭和に戻ったのか - (1) 2024.09.11