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「ゴジラ-1.0」 - このゴジラはなぜ昭和に戻ったのか -日本語訳/映画コンテンツ 2024. 9. 11. 23:55
*この投稿には作品のネタバレが含まれています。ネタバレを避けたい方はご注意ください。
(まず、この投稿の内容に関しては、私個人の政治的信条や主張ではなく、あくまで2023年公開の作品『ゴジラ-1.0』で表現された思想やメッセージに対する解釈であることを明記しておきます。)
https://www.youtube.com/watch?v=kQUO2NVoVUs&ab_channel=IMAX
ゴジラという日本を代表する怪獣は、1954年に初めて登場しました。アメリカの「ビキニ環礁核実験」による放射能の影響で変異し、誕生した怪獣を描いたこの映画は、日本映画界のみならず、特殊撮影技術を含む映像芸術全般に大きな影響を与えました。もちろん、ストーリーテリングの面でもです。2023年に至るまで、日本の様々な監督はもちろん、ハリウッドでもゴジラをリメイクしたり、シリーズ作品を制作するまでに至りました。
電気泥棒 そうしてゴジラは、通常、人類と怪獣との激しい戦いの末に、人類が勝利するという構図が定着しました。時代が変わるとともに、人類がゴジラに対抗するための武器も進化し、その様子が描かれるようになりました。特に、エヴァンゲリオン新劇場版を作りたいと思っていた庵野秀明監督が『シン・ゴジラ』で見せた軍事的なディテールは、見どころの一つと言えるでしょう。また、Netflixで提供されている劇場アニメ版ゴジラでは、人類の未来技術でゴジラと戦ったり、外部の力を借りたメカゴジラまで登場します。
男性のロマンは恐竜とロボットだと言います。それならその二つを合体させたらどうなるのでしょう? しかし、そんなゴジラが突然、第二次世界大戦が終わった直後の時代に回帰します。現代から過去へと戻り、戦争で廃墟となった地にゴジラが現れ、さらに破壊を加えることで「-1.0」という意味が作品タイトルになったと言われています。物語のプロローグでは、『君の名は。』で立花瀧役として有名な神木隆之介が演じる主人公が、神風特攻隊用に改造されたと推測される零戦に乗り、島に着陸します。彼は特攻に選ばれたパイロットであり、死に向かう勇気が出ず、故障を理由に整備部隊のいる孤島に着陸したのです。
??? : 寝て起きたら、すべてが消えていた そして、偶然その島でゴジラが初めて登場し、当時の日本帝国軍の象徴の一つである零戦を、ゴジラが噛み砕き、引き裂き、破壊します。ゴジラが戦争のシンボルの一つを破壊することによって、この映画がどのように展開されるかを予告するかのような演出でした。
この場面、結構ショックだったセリフでした そうして整備士と主人公の二人だけが生き残り、戦争が終わり、空襲で廃墟となった東京に戻ります。主人公は戻ってくるやいなや、隣家の女性にこう言われます。
「死なずに帰ってくるなんて、ありえないわ!あなたが負けたから…あなたが生きて帰ったせいで、こんなにすべてがめちゃくちゃになったのよ!」
それに対して、主人公は低くつぶやきます。
「生きて帰れって…言ったじゃないか…」
こうして戦争の矛盾と、残るのはただの廃墟だということを赤裸々に示すシーンが展開されます。廃墟の上には、怒りをぶつける相手がいないのに、怒りしか残らないという矛盾だけが残るのです。結論から言えば、この女性は最初はこうして登場しますが、後に主人公を応援し、自分の食料を分け与え、彼の生存を願う人物に変わっていきます。これは当時、戦争の最中にあった国家に翻弄された市民の心情が変化する様子を暗示しているようです。
しかも移動ルートに放射能を撒き散らす悪質な… そして再びゴジラが東京湾に現れます。さらに巨大で、恐ろしい力を持って。ゴジラは戦時中に活躍した駆逐艦を破壊し、砲撃を受けてもすぐに再生し、どんどん強くなっていきます。戦争の廃墟を覆い、再び立ち上がった銀座の街を悠々と破壊し、列車を食いちぎり、戦車を一気に吹き飛ばします。
さらに『ゴジラビーム』の爆発シーンは、あの「オッペンハイマー」のそれと‘あれ‘と似た演出がされています。 . こうした部分を見て、今回の『ゴジラ-1.0』のゴジラは「人災」を視覚化したものではないかという監督の意図が感じられました。つまり「人間が引き起こした戦争の悲惨さ」を象徴しているのではないかと。本来、ゴジラが持つ「お約束」の一つである、既存の火力兵器が全く通用しない姿を余すことなく見せつけると同時に、戦争兵器による攻撃を受ければ受けるほど強くなるゴジラの姿は、戦争の意志がこのゴジラをますます強くするかのような描写でした。また、その戦争意志は意図的であれ非意図的であれ、いつでも人々の生活を一瞬で廃墟にしてしまう可能性があることを示唆しているようです。
食べ番組シ結末された「シン・ゴジラ」(2016)のゴジラ したがって、1954年の初代ゴジラの時は、オキシジェン・デストロイヤーなどの新兵器を使ってゴジラを沈黙させたり、シン・ゴジラ(2016)では凝固剤で凍結させたりと、何とかして人類が創り出したものでゴジラを抑え込もうとしましたが、今回はゴジラを海に沈める「自然の力」を借りようとする点で、これまでのゴジラ作品とは異なる方向性を示しています。もちろん、「チェーホフの銃」の原則により、戦争終盤に登場する未使用の戦闘機「震電」でクライマックスが飾られますが、今回ゴジラを眠らせるのは「自ら立ち上がった民間人」たちでした。
作中で最も印象的だったキャラクター 劇中、ゴジラを海に沈める計画を立てた学者が、作戦開始直前にこう言います。
「戦時中の日本は命を粗末にしすぎた」、「これは死ぬための戦いではなく、未来を生きるための戦いだ」
実は、この学者というキャラクターこそ、監督の「ペルソナ」なのではないかと思います。ゴジラを人間が生み出した戦争意志という人災に例えるならば、戦争を引き起こすのは国家や一部の人々だけであり、その余波に巻き込まれて苦しむ一般市民が力を合わせれば、人災を食い止めることができる、という点を説いているように感じました。もしゴジラが単なる自然災害の視覚化であったならば、人間の無力さや反省、生存が焦点となったはずです。しかし、人間が作り出したものであるため、人間の力で止めることが 止めることができる、というメッセージが含まれているのです。
戦争で栄光を誇ったものは、ただのスクラップと廃墟になるシーンを見せます。 映画の冒頭から、戦争で『最高の名誉』とされた特攻や当時の戦争兵器を徹底的に無視し、作品の最後まで当時使用された『その旗』は一切登場しません。戦艦の砲塔を壊し、軍や国家の指示ではなく、市民たち自身の意志で人災を食い止めようとするこの映画には、多くの考えさせられる要素がありました。また、ゴジラという作品に対するリスペクトや、いわゆる「怪獣愛」もきちんと表現されているのが素晴らしいです。終始オリジナルOSTが流れ、海の上で全ての準備が整い、緊張感のある『作戦開始』というセリフと共に、最高のサウンドで流れるゴジラのシグネチャーBGM!そこにビームを放つゴジラの破壊力と、その怒りに満ちた動きが加わり、映画が単に監督のメッセージを伝えるための媒体ではないことを強くアピールしています。そして、最後にはゴジラの復活を示唆するシーンもあり、クリシェを見逃さない演出も見られます。このシーンは、人々の戦争意志が消えない限り、ゴジラはいつでも戻ってくるという意味を込めているのかもしれません。
https://www.youtube.com/watch?v=-sY7X-JNyw8&ab_channel=NaokiSato-Topic
こうした点を総合的に考えると、ゴジラが戦後すぐの昭和時代に戻ったのは、このような理由からではないかと感じました。監督と製作陣は戦争を徹底的に否定し、人々全員の意志が一つにまとまらなければ、この痛みは永遠に繰り返される。しかし、それでも皆の意志が集まれば、この連鎖を断ち切ることができると、戦争によって矛盾と廃墟だけが残された1945年にゴジラを送り込んだように思われます。
見るとわかる作中最大の悪役(?)『ザオラル』系魔導師…! メッセージ以外でも、サウンド、ドラマ、CG、そして神木隆之介の演技も非常に良く仕上がっており、日本での公開時はもちろん、韓国でも上映されれば、きっと面白く鑑賞できる作品だと思います。
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