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[夏へのトンネル、さよならの出口] 主人公のフォルダーフォン、ヒロインのスライドフォン、そしてオマージュの饗宴日本語訳/アニメーションコンテンツ 2024. 7. 3. 02:51
*本投稿には作品のネタバレが含まれています。ネタバレを避けたい方はご注意ください。
(まず、この作品には原作があるとのことですが、問題は私が原作を見ていないことです。この点は読者の皆様にご留意いただき、今回は劇場アニメーションの演出に関してのみ投稿いたします。)
나도 비 오는 날 우산을 잘 챙겨야지. 암, 아암! 雨の日にはちゃんと傘を持って行こう。うん、そうだ! 日本で2022年9月に公開されたCLAPアニメーション制作の作品、[夏へのトンネル、さよならの出口]。特に何も考えずにこういったアニメ映画が公開されると、まずは劇場に向かうタイプなので観てきましたが、うん!後悔のない見応えのある作品だったと思います。ただし、主人公とヒロインの甘々な関係がとても濃厚で、観終わった後に歯を磨かないと虫歯になりそうでした。
???:「学生なら、学生らしく勉強をするのが本分だろう。恋愛なんて、大人になってからでいいのに…」 この作品は[夏トン]と略して呼びますが、見るや否や有名な作品のオマージュが大っぴらに盛り込まれていることに気付きました。ご覧になった方はお分かりでしょうが、まず冒頭から新海誠監督の[ほしのこえ]、庵野秀明監督の[エヴァンゲリオン]、そして日本神話の[古事記]に登場するイザナギ・イザナミの説話が感じられます。その中でも特に強く影響を受けているのが新海誠監督の[ほしのこえ]であり、ゲーム『原神』と『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』を同列に見るような感覚を覚えるほどです。
WA! [ほしのこえ]に出てくる2047年の新型携帯電話。ルダイト運動を強く受けた三星と林檎の平行世界か… まず背景が2005年で、主人公たちが2G時代のフォルダーフォンとスライドフォンを使っている点、時空が歪む「ウラシマトンネル」でメッセージの遅延が生じる点、その遅延を超えてメッセージと本心が伝わる点で[ほしのこえ]のプロットと非常に似ています。ただし、この作品では新海誠監督の災害三部作以前のカップルブレイカーとしてのストーリーテリングから[夏トン]の監督自身のストーリーテリングを試みているように感じました。もちろん、遅延が生じる理由はSF的な理由ではなく、ファンタジー的な理由によるもののようですが。
歴史が深い軍出身の女子高生。[ほしのこえ]の主人公も軍出身になりますが… また、主人公が山道でヒロインを助けるシーンや、雨宿りでヒロインの家に入るシーンなど、エヴァンゲリオンのシンジとレイの逆転オマージュも見受けられました。位置や心理もオマージュでありつつ、逆転を図っているように見えます。
R-18になっても見せてくれないぞ! もう一つ、[エヴァ]から逆転させたポイントとして、主人公とイカリシンジの共通点「携帯音響機器」があります。シンジは作品を通して父親との繋がりを示すウォークマンをイヤホンで聞きながら、自分の世界に閉じこもる姿を見せます。しかし[夏トン]の主人公は、冒頭で父親に暴力を振るわれ、音響機器(MP3と推測される)を落とし、現実世界では二度と登場しません。むしろ、そのシーンの直後にヒロインと本格的な交流のオブジェクトとなる「ウラシマトンネル」を見つけます。このように[エヴァ]では「父親のせいで」手放さなかった音響機器が、[夏トン]では「父親のせいで」手放し、他者との本格的な交流を始めるというアイロニーを見せています。
正直[夏トン]の主人公はこれを見ていたかも。 そして、失われたものを取り戻すが、代償に現実世界の時間を歪めるウラシマトンネルで出会う主人公の妹。幼い頃、彼のせいで亡くなった(実際はそうではないが、父親の呪いで心に重荷を抱えていた主人公)妹を切に恋し、家族として本当に愛していた妹と再び会うが、現実の新しい愛であるヒロインに向かうとき、妹の声を聞いても振り向かない主人公。
こんな妹を置いても振り向かないなんて…冷たい奴だ… . 補足説明として、ギリシャ・ローマ神話の「オルフェウスの話」と非常に類似点を持つ日本神話のイザナギ・イザナミの話を簡単に説明します。兄神イザナギが妹神イザナミを愛し、多くの子供(その中に太陽神アマテラスがいます)をもうけ、幸せに暮らしていましたが、妹イザナミがある理由で死んでしまいます。そこで兄イザナギが妹を生き返らせようと黄泉の国に行き、イザナミを連れて帰ろうとしますが、絶対に守るべきルールがありました。それは、絶対に振り返って妹を見ないこと。イザナミと共に戻ろうとしたイザナギが、突然後ろで妹が転ぶような音を聞き、振り返ると、そこには恐ろしい姿の何かがあり、大きな壁によって二度とイザナミを救うことができなくなったという話は日本では非常に有名で、多くの作品にも使われています。あ、また、新海誠監督の[星を追う子ども]でも背景説明として登場します。このように、この神話の話も[夏トン]では逆転されています。妹への未練を断ち切り、振り返らずに自分の新しい愛であるヒロインに向かいます。
オルフェウスの話と非常に似ています。イザナギ・イザナミとも似ていますね。 日本神話的な表現についての余談ですが、作中でヒロインと主人公が初めて会ったとき、そして途中で関係が急速に深まる晴れた日、最後にヒロインが主人公を探してウラシマトンネルに向かうとき、「鹿」が計三回列車に轢かれて列車の到着が遅れるシーンが繰り返されます(
鹿ごめん)。ここで少し新海誠風の神話的なストーリーテリングが垣間見えますが、鹿は日本の伝統宗教である「神道」で「神の使者」、「神の代理人」としての地位を持つ動物です。このことから、作品の超越的な運命や縁が神話的なファンタジーとして作用し、成就させたとも解釈できます。作中三回もやられる鹿。鹿たないですね… さて、ここからはメインポイントである私の解釈ですが、この作品がなぜ後悔のない面白い作品だったかというと、主人公とヒロインのキーポイント「所持品」にあったからです。いつも投稿するように、これは公式ではなく私のフィクションとしてお話ししますが、主人公は「フォルダーフォン」、ヒロインは「スライドフォン」である点に注目しました。確かに、冒頭で主人公は特に友人もおり、普通の男子高校生のように見えますが、ヒロインは初登場から誰との接触も拒否し、さらには初対面のクラスメイトにワンパンツーケチャップを食らわせるまでします。
左:主人公のフォルダーフォン / 右:ヒロインのスライドフォン しかし実際には、主人公は妹の死によって崩壊した家庭のために他人に心を閉ざしており、ヒロインは祖父に関する「漫画家の夢」を本当に理解してくれる相手に対して常に渇望していたのです。漫画に対して真剣に向き合ってくれる人がいれば、いつでも受け入れるつもりだったことが作中で徐々に表現されています。
正直、この後のワンパンツーケチャップシーンでは、漫画家ではなくUFCを目指すべきだと思いました。 ここで、作品の冒頭で雨の降る田舎の駅で主人公はヒロインに初めて出会い、「しっかりと閉じていたフォルダーフォンを初めて開く」ことになります。そしてヒロインのスライドフォンは「目の前に立つ主人公に手を伸ばすようにスライド」します。こうして主人公はヒロインに出会い、フォルダーフォンが開くように心を開き、自分だけの愛がヒロインであることに気付きます。ヒロインもまた、夏祭りの花火のシーンで主人公に手を伸ばし、スライドフォンのように近づく演出が非常に印象的でした。このような演出のために、2020年代ではなく、スマートフォン以前の時代である2005年を背景に選んだのではないかと思います。
二人とも…幸せになれよ…(涙) 最後に、結末についての感想を申し上げますと…二人の男子高校生と女子高校生の淡い純愛が、いつの間にかオネショタジャンルに変わっていたという…
この辺で慎みます。
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